ガラスの棺 第25話


まばゆい光はフレアによる誘導で僅かに離れはしたが、10mに及ぶ無慈悲な光は新生アヴァロンの艦橋の一部を削り取り、焼失させた。
旗艦はぐらりと傾き、ゆっくりとした速度ではあるが海へと落ちていく。
その光景を茫然と見つめていた脳が状況を理解し悲鳴を上げた。

「・・・ルルーシュ!ルルーシュっっ!離せ、ジェレミア!!」
『落ち着いてくださいゼロ、陛下のご遺体のある場所ではありません!!』

ルルーシュの遺体は指揮官席の後ろにある広いスペースの中央に固定されていた。削り取られたのは環境の後方ではあるがほんのわずか。ルルーシュまで届いてはいないはず。慌てて通信を試みるが反応はなかった。

『ゼロ、あの場所なら全員無事の可能性が高い。救援に・・・うわっ』

ジノは反射的に打ち込まれた銃弾を避け、辺りを見回した。
大半のKMFは茫然とフレイアの痕を見つめていたが、一部のパイロットが立ち直り攻撃を仕掛けてきたのだ。こんな連中を相手にしている暇など無い、艦橋と格納庫にいる人たちの救援に行かなければと思うのだが、戦闘に気がついたKMFが次々と攻撃を仕掛けてくるためそれどころでは無くなっていた。

『不時着する』

アーニャの声に視線をアヴァロンへ向けると、さきほどよりも安定した状態で速度が落ちているのが解った。ロイドたちは無事なのだ。だが、墜落しかけのアヴァロンに黒の騎士団が攻撃を仕掛けたため、爆音と共に再びバランスを崩していた。

『ゼロ、援護して』

アーニャも再び戦闘を開始し、ジェレミアも蜃気楼を残しアヴァロンに纏わりつく騎士団へ向かって行った。

『・・・わかった。敵機の撃破を優先する』

今すぐ迎えにいきたいが、これだけのKMFがいては背を向けた瞬間に追撃されてしまう。何よりこの状態では救出しても避難させる場所がなく、生身の人間を手にして空を駆けまわるわけにはいかない。
1秒でも早く不時着させたいのに黒の騎士団のKMFが邪魔をする。
だが、これ以上アヴァロンに攻撃はさせない。
フレイヤの動揺を隠せない黒の騎士団のKMFは、次々と海面へと落ちていった。

フレイヤは悪魔の兵器。
二度と使用してはいけないとされた悪逆皇帝の兵器。
それが使用された。
しかも相手は英雄ゼロ。

この戦いは何なのだ?
何のために戦っている?
ゼロが悪だから敵なのか、ゼロが正義だから敵なのか。
もし後者なら自分たちは・・・?

迷いがあれば動きは鈍る。
生死をかけた戦場で迷いは命取りとなる。

王を守る四騎士は迷うことなく空を舞い、次々と敵機を撃ち落としていった。




気圧の変化で室内は激しい暴風にさらされていた。
鼓膜が破れそうな轟音と、体が千切れそうなほどの暴風、そして低い酸素濃度。体が震えるほど恐ろしい状況だが、恐怖を感じるという事は、まだ生きている証拠。
機体が激しく揺れながら大きく傾き、椅子に固定されていなければ空中に投げだされていたなと、どこか冷静な思考が働いた。その瞬間に、恐怖で停止していた思考が戻ってくる。

「・・・っ、ロイド!」

風の音に負けないようシュナイゼルは大きな声で名前を呼んだ。
暴風に体を煽られながらも、名前を呼ばれた事で状況を把握したロイドの手が素早く動いた。傾いていた旗艦の揺れがいくらか緩やかになる。自動操縦を解除し、手動に切り替え機体を安定さようと手を動かした。

「手動操縦はまだやれそうだね。セシル君、ニーナ君!!」

ロイドが大きな声で二人を呼ぶと、二人も悲鳴のような大きな声で返事をした。

「各機との通信不能!機内の通信も機能していません!」
「各種センサーにも異常がでています!」

艦橋を目指し飛来したフレイヤはチャフには反応を見せなかったが、フレアに引かれ3時の方向へ僅かにその軌道をずらした後、臨界点に到達した。10mに及ぶ光の球体は艦橋の一部をえぐり取り、消失。幸い誰もいない場所であったが、計器類の一部が消失し、操縦以外の機能の大半が停止していた。
気圧の変化による激しい暴風と、酸欠でまともな思考を保っていられる状況では無く、酸素マスクを出そうとパネルに手を伸ばしたが、エラーの表示が赤く点灯しており、シュナイゼルは舌打ちをした。
生命維持に関わる装置が停止している。
緊急時に使えないなんて、ありえない設計ミスだ。

「ロイド、このまま海面へ!」
「ええ、そのつもりですよ!二人とも手伝って!!」
「「はい!」」

二人も操縦パネルを開き、強風にあおられている機体の安定に全力を注いだ時、9時方向から激しい爆音と衝撃が艦橋に加わった。
不安定な機体が激しく揺れ、悲鳴が上がる。
フレイヤによる損傷でブレイズルミナスも機能しなくなり、敵機からの攻撃を受けたのだ。急がなければ空中分解もしかねない。再び起きた爆音で艦橋に大きなひび割れが発生し、時間が無い事を告げていた。
再び空中戦が始まったのだろう、戦闘音が聞こえ始めた。これだけ不安定な旗艦から交換パックを運び出し、蜃気楼、モルドレッド、トリスタンのエナジーフィラーを交換する事が不可能となった今、彼らが戦える時間も限られてしまった。
彼らが動ける今の内に着水し、再び補給可能な状況にしなければ。
映像、通信、自動操縦、オートバランサーも全て死んでいるが、エンジンは幸い無傷だった。強風にあおられ、少ない酸素に顔を青ざめながらも科学者三人とシュナイゼルは傾いている機体を立て直し、パネルをせわしなく打ちこんでいった。
その時、びしりと不吉で大きな音が艦橋に響き、それと同時に悲鳴が上がったいた。

「きゃあああああ!!」
「うわあぁぁぁぁ!!」

視線を向けると、先程のひび割れが艦橋の床に走り、固定されていた棺が外れ、上にしがみついていた二人と共にフレイヤによる大穴へ滑り落ちた。

「ミレイちゃん!!!」

ニーナの悲鳴があがった時には、彼らは空中に投げだされていた。


空中に投げだされたモノは、二人の人間だった。
その二人は美しい紫の布に包まれた箱にしがみつき、海へ向かって落ちていく。
紫の布が強風でめくりあがり、このままでは二人はその箱からも投げ出される。
そう思われた。
その物体に気がついたKMFが1騎その箱めがけて飛び立ち、投げだされる寸前だった二人と・・・布の下から姿を現したガラスの棺を手にした。この高度で投げ出された二人は寒さから、あるいは恐怖から体を震わせ、青い顔でKMFを見上げていた。

『よくやりました。さあ、その棺を持ち帰りなさい』

カグヤの勝利に満ちた声がモニターから聞こえてきた。


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